ダイテック 中内です。

昨年末のブログで今年はイスラム国の動きに注意したいと書いたばかりだったのですが、この1カ月の間に、私たち日本人に大きな衝撃を与える事件が発生してしまいました。
私的には、昨年末は原油価格と日本の為替の件でイスラム国の動きに注意していただけなので、今回のようなことが起こるとは予想していませんでした。

残念ながら、日本人二人ともに殺害されてしまいました。
人の命は地球より重いという日本独特の云い方がありますが、批判を恐れずに申し上げるとお二人ともご自身の意思と責任で行かれたわけですから、仕方がないのではないかと思います。
ただ、非常に残念であり同じ日本人としてご冥福をお祈り致したいと思います。
思い起こせば、イスラム国の前身のイラクあたりでのアルカイダによって2004年でしたか殺された香田さんと云う人の事件もありましたし今に始まったわけではないのではないかと思います。

どうも、このひと月の報道を見て、”アラブの人は日本人を特別に友好的に見ている”というコメントはあまり感心しないものがありました。またヨルダンは日本に気を使ってくれるという見方にもそうです。
確かに、アラブやイスラムの人たちが全てこのような人たちであるわけではありませんが、イスラム国を称するテロリストたちが居ることは事実であり、今回のようなことが起こることも以前に当ブログで書いたように、エルサレムではカフェでコーヒーを飲んでいても、店の入り口や町の角には防弾チョッキを着た軍人たちが市民を守っている光景が当たり前なのだということから考えれば想定外ではなかったということです。
今回の後藤さん殺害のネットビデオに付いたコメントを聞きますと、まさに日本に対する宣戦布告に近いものあるいはそのものだと言っても過言ではないでしょう。
これからは、イスラム国の彼らが言うように、世界中どこにいても、また日本国内でも爆弾テロや誘拐テロなどが起こりうることは当たり前のことだと思わなければなりません。
同じことがもう一度起これば、安部さんは総理大臣としてアメリカ大統領のようにTV会見をして国民に”決してテロに屈しないということ。テロ行動を強く非難すること。国外に限らず国内でもテロの起こる可能性は高くなっていること。戦闘状況に入ったこと。ただし、政府として国民の生命を守るため可能な限りのことをするということ。この事件に限らず人道支援を日本として更に進めていくということ。それが日本の国としての、日本人としての世界への意思であるということ。”を強く訴えるべきではないでしょうか。
集団的自衛権の議論の延長で自衛隊法の改正なども含め邦人を救出するために武力行使を他国とともに行うことも必要になるでしょう。もっと言えば、欧米などと連携して空爆に参加することも必要になるのかもしれません。
また、NSCなど更に各国の情報を得る能力を更に高める必要もあるでしょう。
外交には、片手に宝玉を持ちもう一方には宝剣を持っていなければならないのですから。
この事件を機会に、戦後進めてきた全方位外交と云うものは通用しなくなった時代に入ったのだと云う事に気づくべきでしょう。
全方位ではなく、どこと手を組んで同盟して自国の国民を守る、また世界平和に貢献するのかを考えなければならない時代に入ったということを認識しなければならないでしょう。
おそらく、イスラムから比較的遠く、全世界に良い顔をしている日本人に対する今回のような事件が起こったということは、親米の立場をとっているサウジやヨルダンは非常に大きな危機感を持つことになったのではないかと思います。
もともと、イスラム国の今回の目的は2億ドルの身代金でも、ヨルダンに拘束されているリシャウの解放(ヨルダンのパイロットとの交換・・・私はパイロットはもう殺されていると思いますが・・)でもなく、彼らから地理的に遠くまた一般的にアラブと親密だと思われている平和ボケしている日本人を狙ったのは年明けのフランスメディア襲撃事件に続き世界中に恐怖感を与え、自分たちの存在感を世界中に更に誇示する意図だけだったのではないかと思います。更に世界中でこのようなテロが続くでしょう。更に広がっていくでしょう。

日本にとっては今年は戦後70年です。中国や韓国も声高に日本非難を続けていくでしょう。
尖閣や竹島の問題も抱えたままです。
今年のミャンマー独立祝賀会に出てきましたが、自衛隊の制服組の人たちが目に付きました。防衛省大臣も出席していました。おそらくミャンマーとの間で軍事的な協調が始まっているものと思います。
中国がすぐに行動に出ることはないでしょうがこちらも気を許すことが出来ない状況が続くでしょう。
私の見るところ、まだ数年は大丈夫ですが、最も憂慮すべきは中国が分裂し軍主導(中国の歴史は常に軍閥が主導権をとるので)で国内が混乱状況になることです。
ただ、その様になる状況は刻一刻と近づいている気がします。